たかが会社辞めた程度でいちいち「この世の終わり」みたいに大騒ぎすんなよ。バカなの?氏ぬの?

ムシャクシャして書いた。後悔はしていない。

「会社を辞める」こと

五月蠅い

ぼくが会社辞めていまの道を選んだってことは、人づてに、身近な人には伝わっていってるみたいです。ぼくの親に対して「イエローくん大丈夫なん?」って聞きにいく人もいるんだとか。はーーーお節介どうも、という感想以外出てこない。

「はたらく」といえば雇われてサラリーマンやるしか発想がない人って控えめに言ってやばいと思うんだけど、いちいち説明すんのもめんどくさいんですわ。

振り返ってみると「あ、おれ会社やめるからー」って表明したときなんか、もう自分の周りは大騒ぎもいいところだった。

あんな人やこんな人から呼び出されては、1対1の面談の連続。いやー、そりゃもう親身になってアドバイスをくれるんですよ。ありがたい話です。

でも大半の人が「ネットのことなんてよくわからないし…」ってレベル。アフィリエイトもクラウドソーシングも知らない人。そんな人に対していちいち説明しようと思うじゃん?やってみたらわかると思うけど、クソめんどくさいからな、それ。

最低限の共通理解すらない人とまともに会話なんてできるわけない。

だから、ハナから「周りには理解されないもの」だと考えて進んでます。

ワクワクする道を選んだだけ

自分が「この道にはなにかがありそうだ」「こっちのほうがワクワクする」と思って選んだ道。人生いままで「こっちのほうがおもしろそう」って思ったらその道を選んできたし、「あ、これは違う」って思ったらスパッと切ってきた。

当時は周りから「変なヤツ」って思われてただろう(というか、いまも思われてそうな気がする)けど、今になってふりかえってみると、自分で選んだ道の中で「これは間違ったなー」と思うものなんて一切ない。

キャプテンで4番だった野球を小学校でやめて、女子しかいない中学校のバドミントン部に入らせてもらったのだってそう。

某高校からバドミントンと勉強で私立の推薦入試を受ける手もあったけど、実際にそこの練習行ってみて「あ、違うわ」ってなってやめたのもそう。

結局いまの高校を受けることになったけど、塾も行ってないわ内申も足りてないわで、直前までほとんどの人から「おまえには無理」って言われてたわな。結局、当日の試験の点数では同じ中学校から受験した人たちの中で一番点数よかったのだってそう。

妥協に妥協を重ねて出身大学に行って*1、教員免許を取るという選択肢を1回生の前期でスパッと切ったのもそう。

じゃあ当時は何をしてたかというと、1回生の頃は1人で国際政治学の本を読み漁って、2回生からはプラトン、ショーペンハウアー、J.S.ミルのような思想家の古典を読み漁ってた。別に誰かとベッタリいたわけでもなし。1人でシベリア鉄道乗ってモンゴルのウランバートルからロシアのモスクワとサンクト・ペテルブルクに行ったのもそうだわな。

入部して3ヶ月で「体育会をやめる」って言ったときもそうだった。「あ、ここはなんか違うわ」と思ってやめた。そのあと所属したバドミントンの社会人クラブだってそう。昔の所属チームは「あ、ここは違うわ」って思ったから、いまのチームに移籍した。

そしていま、会社を辞めたのだってそう。1年半で辞めた。

適性の問題

色々なことを簡単にやめてるけど、その都度「しっくりこないなあ」って思ったから、選択肢の1つとして環境や形態を変えただけ。その程度のもん。

結局いろんな環境を「お試し」してみて、違うと思ったらスパッと切る。次のところに移る。そこもだめなら次。どっかでしっくり来る環境ってくるよ。

会社辞めたのだって、ジョブチェンジしただけやから。

ドラクエやってて「魔法使い」に適性があるキャラが「戦士」「武闘家」やってたら「それはおかしいでしょ」って話になる。マリベルとかマーニャに対して、キーファとかアリーナみたいに戦えって言ってるやつがいたらそいつは本物のアホ。

自分は魔法使いに適性があるのに、戦士の道を歩もうとしてたからやめただけ。ただ単にそれだけ。

自分が「魚だ」と自覚したから、陸地でもがくのをやめて川の中に住むことにしただけ。適性の問題。

はたらいてるし収益もある

はい、想像してみましょう。

いまから40年前といえば1977年です。この40年で日本は大きく変わりました。

当時の想定していた状況って大きく変わってるでしょ。規範も変わった。娯楽も変わった。学問だって進歩した。流行の歌もいまは昔。よく見かける子供の人名だって変わった。テクノロジーに至っては革新的なものがいくつも登場した。

インターネットが登場して、1人1台コンピューターに匹敵するデバイスを持つ時代が来るなんて、99.999%の人が予想だにしていなかったでしょうよ。

現在懲役40年の社畜の皆さんに質問です。

いまから40年後、いま所与のものとして「常識」となっている前提事項が、どれほど残ってるだろうか?

そう考えると「たかが会社を辞めた」だけやん。別に収入がなくなったってわけでもない。組織に属さなくなっただけであって、はたらくことをやめたわけではない*2

現に、親なんて「1年間やってみて月収6-7万がええとこやろ」とか言ってたけど、10ヶ月でもう月収20万円こえるからw

見たかバーカ

「理解されない」という快感

「周りから理解されない」って最高ですよ。だって自分で道を模索していけるんだから。フロンティア精神に満ち溢れた選択だと思わない?

そういう道にこそ魅力を感じるんだけど、こうもいちいち「え!?イエローくん会社辞めたの!?」って騒がれるとマジで疲れる。「わかったから、もう黙れよ」ぐらいの気持ちにしかならないわ。「理解してほしい」とは思わない。ただ「いいからほっとけよ」とは思う。

むしろ、ややレトリカルに「周りから理解されない道こそ、進むべき道だ」と言うことすらできる。

だって、この世の中の大半の人は精神的近眼ですよ。この世を支配するのは「大衆」であり、大衆の特徴は「凡庸」という一点に集約される。それは、ショーペンハウアーやJ.S.ミルやオルテガの言葉を待つまでもありません。

少しぐらい優秀な人ならば「自分は周りの人間とは違う」って感覚になったことがあるんじゃないかな?もっと反感買いそうな言葉を使えば「こいつらアホなんちゃうか」って思うこともあるんじゃない?*3

一般的な感覚から「ズレている」ということは「悪いこと」だとされがちだけれど、それこそが「大衆」がこの世を支配していることの証とも言える。「みんなと同じ」がジャスティスな世界だからこそ、そういう発想になる。

むしろ「変わった人間になれ」とJ.S.ミルやスティーブ・ジョブズは言っている。

「会社を辞める」って言うと、いちいちこの世の終わりみたいに騒いでるんだけど、めんどくさすぎるんだよなあ。

いちいち周りが騒ぐということは「周りから理解されない」ということであり、周りから理解されないということは「自分が進むべき道だ」とも思う。だってその先に待っているのは、誰も知らない境地。自分しか知らない景色。考えるとゾクゾクするわ。

だから、理解されないたびに「ああ、自分のいま進んでる道は間違ってないな」と確信できるねw

岩村選手の応援歌を贈ってくれた某氏は、本当に良き理解者だと思ってます。

あくまでも、悠々自適

未だにぼくを「バドミントンを専門に生きていこうと思ってる」って誤解してる人が多いみたいだけど、そんなつもりはサラサラありませーん。おーい、お前に言ってんねんでー。見てるかー。

教員になるつもりなんて毛ほどもないからな?フルタイムでバドミントンの指導をするつもりもないからな?

収益が頭打ちになるのが目に見えてるんだから、一生その仕事だけで食っていくなんて選択はどう考えてもバカ。ましてや自分みたいにネームバリューのない人間が「指導料の単価を上げる」なんてことは、なかなかできるもんじゃない。指導料を1人から毎月2万円も3万円も取れるのは某パンダのチームの人たちぐらい。

くどいようだけど「半分バドミントン、半分ネットのおしごと」って考えてるから。まず目指すのはアフィリエイター。だめだったらプログラマー。

あくまでも、悠々自適。

たかが会社をやめたぐらいで、いちいち騒ぐな。

じゃあの。

*1:教育大で出会った人たちとの出会いはとてもいいものだった、というのも付言しておきます。特に西洋史ゼミは本当にいい場所だった。

*2:まあ別に「はたらくことをやめた」状態でもいいと思うけどねえ。ニート上等やん。もしかしたら40年後には日本でもベーシックインカムが導入されて、はたらかなくてもとりあえず生きていける世の中になってるかもしれないんだし。

*3:なお「自分もまた、凡庸の域を脱しない」というのが葛藤でもある。すなわち、10ヶ月で月収20万にしか到達しないクソザコであるとも言える。