「新卒フリーランス」ってどない?サラリーマンやっとくメリットはあると思うよ。

アローラ!イエロー(@inahime_poke)です。

フリーランスの書くブログとかを読んでいると「サラリーマンディスり」みたいな記事見かけることもちょくちょくあります。

会社員やってたころの自分とかもそうで、あまりにも当時の環境がクソだったのもあるんだけど、それを「会社」という大きな括りに対する攻撃に転嫁していました。こういうのを過度な一般化といいます()

だけど、サラリーマンやっとくこと、「会社勤め」ってやっといて損ないと思うんですよね。1年半しか会社員やってないけど、今になって振り返ってみると「まあやっといてよかったなー」って思います。

「新卒フリーランス」って道を歩む人もいるみたいだけど、ぼくには到底考えられない選択肢でした。

新卒フリーランス、大丈夫?

ディスり記事にも傾聴すべき点がある

  • ベンチャーですら意思決定が遅い
  • 終身雇用の時代は終わってる
  • 労働時間と成果は紐付かない
  • クソ混雑する通勤なんてすべきじゃない
  • 副業禁止とか終わってる
  • 好きなことを仕事にすべきだ

などなど、フリーランスやろうぜ!的な記事で見かける会社員のデメリットって、的を得ているものもたくさんあると思うんです。

それは実際ぼくも会社員やってて感じたことであり、ぼく同様に多くの人に対して共感を呼ぶからこそ、そういう記事はSNSでシェアされていったりするんでしょう。

他方、ぼくたちはプロレタリアートなので、結局「はたらく」ことからは逃れられないんですよねー。そして「はたらく」ためにはどうしたって企業とかかわらなければなりません。サラリーマンとのやり取りをしなければなりません。

フリーランスでも、結局は企業と無関係ではいられない

「フリーランス」としてやっていくとしても、結局は会社員との関わりをやめることはできません。

たとえばアフィリエイターならASPを使うわけですよね。それを提供しているのは企業ですよ。「成果報酬」って言うけど、その報酬って企業の出してる「広告宣伝費」だよね?

あるいはYouTuberなら「YouTube」を買収したGoogleと、さらには動画の中で流れる広告枠に「広告宣伝費」を支払っている企業とも無関係ではいられない。

年金の少ない将来に備えて積立投資とかやるとして、その投資のプラットフォームを提供してるのはどこ?って考えてみると企業です。

あなたがイラストレーターやってるとして、そのペンタブ作ったのはだれ?Photoshop提供してるのはだれ?って話になってきます。個人ではなく企業ですね。

プログラマーやSEの人たちって、納品する相手は多くの場合個人じゃなくて企業だよね。建設業でCADやってる人とかも同じ。取引相手は企業でしょう。

そもそも多くのフリーランスが商売道具として使っているそのパソコンを作ったのはどこのだれ?インターネットの回線を引くためにどれだけの企業が関わってるの?

…などなど例を挙げるとキリがないけれど、現代の日本に生きている以上、サラリーマンと関わること、企業と関わることは絶対にあります。

サラリーマンをやるメリット

共通貨幣を入手できる

彼らの行動パターンを知っておきましょう。

  • 言葉遣い
  • 席の場所
  • 名刺の渡し方
  • 納期

などなど。会社員をやるメリットとして、ビジネスやる上での「共通貨幣」として「常識」と呼ばれるものを知っておくという効用は挙げられると思います。

ぼくは「常識」を振りかざす人間が大っっっっっっっっっっっキライだけど、「共通貨幣」としては便利なので、どうしたってその貨幣を使わなきゃいけないこともあります。

哲学者の三木清の言うように、常識なんてのは「信仰」だからね。不合理なこともたくさんあります。

しかるに常識は問のない然りであり、否定に対立した肯定ではなくて単純な肯定である。常識は探求ではなく、むしろ或る信仰である。
 
引用元:三木清『哲学入門』岩波新書、1940年、34-35頁。

先述の通り、フリーランスをやっていようと結局は会社員と関わっていかなきゃいけないんですよ。そのときに相手の行動パターンや価値体系を知っておくことは悪いことじゃない。

会社員やっとくことの効用の1つはこれ。「共通貨幣を得られること」だと思ってます。

迷いがなくなる

他方、「新卒フリーランス」でうまくいかなかったりした場合「やっぱり会社員やっといたほうがよかったかな…」って悩むこともあると思うんですよ。

いちど会社員やっとくことで、その悩みをバッサリ断ち切れるのは大きいです。個人的にはこれが最大のメリットだと思ってます。

人間ってのは「if」を考えてしまう生き物です。あり得たかもしれない未来、あり得たかもしれない選択を想像してしまうからこそ、ギャルゲーが売れるわけでしょ?(伝わりにくい

高垣彩陽さんの新曲「Futurism」なんかはまさにそうですよ。

Futurism

Futurism

  • 高垣 彩陽
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

あり得たかもしれない未来、あり得たかもしれない自分。このまえのおからじで話していた通り、人間ってのはそういうのを考えてしまうのよ。

人間が「if」を想像してしまうのは日常生活や娯楽の世界にとどまらない。ぼくが大学のときに専攻していた歴史学でも同じでした。

歴史学の入門書として有名な E.H.カー『歴史とは何か』の中で、カーは、起こったかもしれない未来を想像してしまう「思想上の未練学派」とは手を切るように、厳しく言っていました。

起ったかも知れぬ、もっと快い事件について勝手気儘な想像をめぐらせたり、何が起ったか、また、なぜ彼らの快い夢が実現しなかったのかを説明するという自分の仕事を淡々と続けていく歴史家に腹を立てたりするということになっているのです。…(中略)…これは純粋に感情的で非歴史的な反応であります。しかし、これこそ、「歴史的不可避性」と称する学説に反対する最近のキャンペーンを煽り立ててきたものなのです。もうこの陥穽とはキッパリ手を切ることにいたしましょう。  
引用元:E.H.カー『歴史とは何か』(清水幾太郎訳)143-144頁、岩波新書、1962年。

閑話休題。人間ってのは「あのとき、ああしてれば…」って考えちゃう生き物です。

だけど、最初にサラリーマンにやっとけば「はーーーーー会社員クソだったわ、もう二度とやらん!!!」って断言できます。…そうです、ぼくのことですw

まだ東京で消耗してるの?」って煽りまくってる有名ブロガーさんの場合ですら、大企業→ベンチャー→コンサル・講演→ブロガー・アフィリエイターってキャリアパスですからね。

あの人もなんだかんだいって会社勤めやってた…という事実は頭に入れといていいかと思います。

ディスりにも説得力が生まれる

いやー、サラリーマン経験してると「サラリーマンのここがクソ!」とか言いやすいじゃん?(ブログ脳

経験してると、ディスりにも説得力が生まれますw

「想像や伝聞でしか書けない」記事と「実際に経験して書いた」記事には、内容的にかなりの差があります。いつもの通り、ぼくの愛するショーペンハウエルから引用。

もともとただ自分のいだく基本的思想にのみ真理と生命が宿る。我々が真の意味で充分に理解するのも自分の思想だけだからである。書物から読み取った他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない。
 
ショウペンハウエル「思索」『読書について』(斎藤忍随訳)8頁、岩波文庫、1960年。

さあ、大海原へ

ぼく自身「キャリア」と呼べるものがあるかは極めて怪しいところですが、会社員を1年半やってみて「最低限知っておくべきこと」は学んだつもり。そしてそれは「知っといてよかったな〜」って思うことでもありました。

個人事業主として歩み始めてからの自分を振り返ってみると、なんだかんだいって役に立ってることに気付かされます。

いずれ個人事業主になるとしても、よっぽどお金を稼ぐ腕前に自信があるか、よっぽど1人で引きこもるのでなければ、「新卒フリーランス」よりは会社員やっといたほうがいいんじゃないかなーとは思いますね。

ぼくみたいに、たった1年半でもいい。サラリーマンやっといて損はないです。

最初から会社を出ていくつもりなら、仮面浪人のごとく、仮面社畜やっときましょう。副業の準備をしましょう。できれば会社員のあいだにスモールビジネスを始めちゃいましょう。

会社員をやめて、ぼくは月曜日特有の憂鬱な症状がなくなりました。毎朝の憂鬱な気分から開放されました。それは言ってしまえば心の病気だったわけですが、「こんなことはやりたくない!」って心の奥底からのサインだったんだと思っています。

いまの仕事が嫌だなあと思うなら、サラリーマンやりつつ脱走する準備をしましょう。ぼくは懲役40年の牢屋から脱獄しました。

きょうの ぼうけんは ここまで
イエローでした~