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朝の脳と夜の脳は違うよね

イエローです。

 

朝の脳と夜の脳って違うよね。

 

朝は作業が捗る時間帯です。こう書くとそれは違うんじゃない?って思う人もいるかもしれないけれど、そうでもないよ。朝は眠くて何もする気になれないというのなら、それは睡眠不足。不愉快にも目覚まし時計に叩き起こされると、そりゃー眠いよね。でも十分な睡眠を取って、資本主義の権化である「目覚まし時計」に快眠を邪魔されることなく自然な目覚めを迎えると、朝の生産性が高くなるものです。外山滋比古さんが『思考の整理学』という本の中で「朝飯前」という言葉は、「簡単だ」という意味で使われているけれど、もともとの意味は違っていたのではないかと指摘する。曰く、朝ごはんの前にやれば効率が良くなるということを指していたのではないかと*1

 

僕も外山滋比古さんの指摘に賛成です。これは自身の経験に基づくものでしかないけれど、同じことを思います。朝ごはんを抜いたって大した問題もない。「食事は1日3回規則正しく」というのはそもそも自明のことではない。例えば歴史学者であり日本における代表的な世界システム論者である川北稔さんは『砂糖の世界史』において、中世まではイギリスで1日2食がスタンダードだったことを指摘している。つまり朝食を取っていなかったということだ。カフェインとカロリー源である「砂糖入り紅茶」をはじめとするイギリス式の朝食は、お湯さえ沸かせば簡単に用意ができて、肉体労働者のエネルギーになるようなものでなければならなかった*2

 

朝食を食べる前の頭って、まっさらな状態で冴え渡っている。何もかもがものすごく効率よく回る。なのに、「朝飯前」という黄金の時間帯の有用性に気づかず、さっさと朝食を口にし、そして鉄道に乗って通勤時間で消耗しきってから労働を始める…。なんという無駄なことをしているのだろう。僕は通勤中にこう思わずにはいられないのです。

 

朝に対して、夜はアイデアの時間帯だと思う。目を閉じるとアイデアがどんどん出てくるのはなぜなのか、あーこういうのいいんじゃないって大枠がでるのはいつも夜なんです。寝ようと思っても、想念を抑えることができなくなる。妄想が捗るともいう。特に一人暮らしをするようになってからこの傾向は顕著となっている。だれとも会話しないことの効用というのはこういうところにも現れるもの。ショーペンハウアーは、不朽の思想を持ちたければ世間と全く没交渉になるように言っている*3けれど、その意味がわかる気がする。朝になって見返すと恥ずかしい内容とかもあるんだけど、それだって自分の中から生まれた言葉。自分が紡いだ言葉。自分が結晶化させた想念。思い浮かんだらサッと言葉にして書き残しておくべし。朝になったら絶対忘れてる。

 

ま、書き残したのを朝の賢者モードになったときに見るとアホらしく見えたりするんんだけどねww 「夜中に書いたラブレターは朝読み直せ」みたいな恋愛指南があるけれど、これも同じような事実を表していると考えることができる。

 

作業は朝、アイデアは夜

 

実践してみてはいかがでしょーか

 

 

 

*1:外山滋比古『思考の整理学』22-27頁、ちくま文庫、1986年。

*2:川北稔『砂糖の世界史』155-176頁、岩波ジュニア新書、1996年。

*3:ショーペンハウエル『知性について』134頁、岩波文庫、1961年。