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周りは実績のある人ばかり。さて、私に何ができるか?

イエローです。突然だけど僕が指導に行ってるバドミントンのチームのコーチはすごい実績もってる人ばっかりです。

  • オリンピック 日本代表
  • インカレ団体優勝、西日本インカレシングルス3位
  • 日本リーグ1部所属
  • 全日本シニア準優勝

 

こんな中に混じって僕がコーチとして入る意味ってあるんだろうか…。

自分のどこに存在価値を見出せばいいのだろうか。

 

コーチとしてもうすぐ3年目になるけど、最近まですごく悩んでました。でも意味はあるんだと思えた。そんな話。

 

僕はこうしました

あくまでも「私の場合はこうしました」という経験論を語るだけ。一般的に適用できるかはわからないので、ケーススタディとしてのみお使いください。

 

アイデンティティを共有した

教えている子たちと同じ地域で、同じ小学校で育った。そして同じ中学校に進学し、その中学校でバドミントン部に入った。そして今に至る。ある意味一番身近な存在かもしれない。

 

もちろんトッププレーヤー、オリンピック選手がこのチームから生まれてほしいんだけど、全員がそうなるわけではない。そうならなかった子どもたちが未来を想像しやすいかもしれない。あ、このコーチみたいになるのか。みたいな。

 

完璧であることをやめた

僕はプレーヤーとしてまだまだな身です。だからこそこれから一緒に頑張っていこうぜ!って子どもたちにも言える立場でもある。過去に実績上げたコーチはたくさんいるわけだし、逆に1人ぐらいそういうコーチがいてもいいんじゃないかな?って。

 

「そう!コーチもここ苦手やねんけどな!こうすればうまくいくって最近わかってきてん!」みたいなの。本当はあまり良くないのかもしれないけど、上から目線ではなくて、あくまでも同じ目線で。同じプレーヤーとして。

 

自分はごく普通の公立校でバドミントンを始めたので、「最初の段階でここをもっとしっかり教えてほしかったなあ」ってポイントが自分の中ではたくさんある。自分の過去はどうしようもないから、次の世代の子達にはせめて基本的な技術指導をしっかりやってあげたいなって思うんです。

 

周りのコーチと比べると技術的に明らかに劣るってのもあって、最初とか全然自信がなかった。子供たちはコーチを見て育つ部分もあるのに、そのコーチが見本にならないんじゃどうしようもない。でも、それも含めて私だと思えるようになってからだいぶ変われたかな。

 

卒業していった子に「すっごくすっごくわかりやすかったです!」って言ってもらえたのはほんとうに嬉しかった。胸を張ってコーチやれるなって思いました。

 

年齢が近いことを特権にした

いずれ使えなくなるカードだけど、他のコーチはほぼ40歳超えてるからね。なんか年齢が近いと子どもたちも自然と距離を詰めてきてくれる。ポケモンの話とか普通に通じるのアドでしかない。

 

最近は高校の後輩さんや、中学校時代に一緒にバドミントンをしていた後輩さんもコーチとして入ってきているから、この特権は失われつつあるw

 

進学指導特色校に入ったことを武器にした

自分を見てバドミントンと勉強と両方頑張ろう!と思ってくれる人がいた。「人生が変わった」って言ってくれる人がいた。それがほんとうに嬉しくて、コーチの存在意義があったなって明確に認識した瞬間でした。

 

or-chard.hatenablog.com

 

「バドミントンだけじゃなくて学校の勉強もしっかりやりや!」って言葉にこの上なく説得力をもたせることができてる。それは子供だけじゃなくて保護者の人にも響いているようで、なんだかんだ言って現状自分の1番の武器かもしれない()

 

でもやっぱり「幹」の部分をしっかり育てよう

さて、ここまで挙げてきた事柄って、付加価値でしかないんだよね。言うなれば「枝葉」の部分でしかない。

 

やっぱり「プレーヤーとして優秀」であり、「コーチとして優秀」でないといけない。いわばそこが「幹」の部分。やっぱ、最も本質的な点として「バドミントンの指導ができるかどうか」が一番問われるわけです。親はそこを見てる。当たり前だね。

 

だからこそ、バドミントンの公認上級指導員を今年取ろうと決めているわけだし、アスレティックトレーナーや理学療法士のような方面に進むことだって視野に入れている。枝葉で勝負するのはあとちょっとだけにしよう。

 

そして、プレーヤーとしても優秀でなければならない。だからこそ自分も全国大会を目指そうと思えているわけです。原動力の1つはやっぱりここの指導をやってるからってのがある。

 

枝葉は幹がしっかりしてこそ、です。がんばるぞ!

 

ふんす!