学生と社会人は違う?おっさんの寝言なんか無視だ無視

イエローです。

この春から働き始める新社会人の皆様へ。多くの人は会社勤めをしていることでしょう。

 

で、だいたい最初の研修とかで「学生と社会人の違い」みたいな話を聞くと思う。就活中に筆記試験やエントリーシートやグループディスカッションでこの手のテーマに触れた人もいることでしょう。自分もそうでした。

 

おっさん連中が、「自覚を持て」だの、「責任を持て」だの、「自立しろ」だの、やかましいことを言うわけです。そして「学生と社会人は違う!」の言葉の裏には、必ずと言っていいほど「学生より社会人の方が偉い」という含みがある。

 

でも別にこのおっさん連中も大して偉くないからな?

 

「学生と社会人は違う!」「学生より社会人の方が偉い!」この2つの妄言に噛みつきます。寝言は寝て言おうな^^

学生と社会人は違わない

前回の記事でも書いた通り、会社勤めをすると集団生活をしなければならない。他者との関わりをコントロールできない。

 

でもそれって小学生の頃から強いられてきたことでしょ? 学生と社会人、全く同じじゃん。別に新しいところは何もない。

or-chard.hatenablog.com 

 

金を生み出さずとも「社会人」だ 

「学生と社会人の違い」とおっさんどもが偉そうに語るとき、「報酬を得て働く」ことを挙げることがある。つまり、お金を稼いで、お金を生んで、税金を納めて、社会に貢献する。それが社会人としての本分である。と。

 

しかし、そもそもそれが 大 き な 勘 違 い

 

例えば学生が熱心に研究に打ち込み、研究者となり、大きな功績をあげてイノベーションをもたらせば、サラリーマンとは比較にならないほどの貢献をしていることになる。長期的に見ればそういうことだってありうる。

 

より根源的な問題として、「社会人としての本分」とやらが極めて空虚なものであるということを指摘したい。

 

そもそも、社会ってなんぞ?

おっさん連中も含めて多くの人が何気なく「社会」「社会人」という言葉を使うけど、「ところで社会って何ですか?」って聞き返したら、まあ大半の人が返答に窮するでしょう。

 

即座に自分なりの言葉で、簡潔に定義できる人はほとんどいない。当たり前です。だって大抵の人は「社会とは何か」と考えたことすらないんだもの。

 

で、「社会」って言葉さえ自分の中で曖昧なのに、おっさん連中は「社会人」とか連呼してるわけです。なんという知的怠慢。お前ら大学で何をやってたんだ。プラトンの対話篇とか1回読んでこい。

 

ここでは一応、「社会は人の集まりである」と定義しましょう。

 

この定義によるならば、学生も「社会人」だということになる。だって私たちは労働者をやる以前から社会(人の集まり)の中で生活しているから。じゃあ「学生と社会人は違う」って話にもならないよね。

 

自分で金を稼いでなくても「社会人」と言える

扶養されてるんだから学生は社会人じゃない、ってのもよく言われる。「自分で金を稼いでる人」を指して社会人と呼ぶ人は一定数いるようです。つまり「自分で金を稼いでいる社会人は偉い。学生とは違う!」ってことでしょうね。

 

じゃあ聞くけど、障碍者とか、リタイアした高齢者とか、専業主婦とか、ボランティア活動やってる人とか、ニートとかは社会人じゃないの?

 

  • お前の食事を用意したのは誰? 
  • 困窮した人に善意から手を差し伸べてるのは誰?

 

無報酬でも意義のあることをやってる人はたくさんいる。そして、自分で金を生み出さず扶養されるだけの立場の人でも「社会」とやらの構成員である以上、その人たちは立派な「社会人」です。

  

  • たとえばニートの人だって食事はとる。その食事を用意するために、生産、加工、輸送など、いろんな人が携わっている。
  • その人が自室に籠もってパソコンをしているとしよう。電気とネット環境が整っているのはそれぞれ業者がいるからだよね。そしてネットの海をサーフィンすることで、アドセンスやアフィリエイトで儲ける人がいる。
  • その人がゲームを買ってプレイしているとしよう。シナリオ書く人とか、音楽作った人とか、そのゲームの販促やった人とかが携わってる。その人たちにとっては喜ばしいことなわけ。

 

そうです。人は生きているだけで「社会人」なんです。

 

「扶養されてるから学生は社会人ではない」って発想の人間は「税金を納めてこそ社会に参加してるんだ!」って前提に立ってるよね。だから「税金を収めるための金を稼ぐ社会人は学生より偉い」って発想になるんでしょ。それがまず大きな間違い。アホか。

 

「働かざるもの食うべからず」とか、資本主義の犬みたいなこといつまで言ってるんだって感じ。

 

そもそも「社会人」という言葉が気持ち悪い

社会は人の集まり。人を集めて作るのではなくて、人が自然と集まって作られるものでしょう?人は1人でテキトーに生きていても、実は他者の様々な恩恵を受けながら生活している。すでに書いたように「人は生きてるだけで社会人」です。

 

だから社会は「出る」ものではない。ましてや税金を納めて「参加する」ものではない。生きてるだけで「社会(人の集まり)」の一員だ。

 

ということは「社会人」という言葉は何も意味も持たない空虚な言葉ということになる。「学生と社会人」の線引きで躍起になるのも結構です。でもそれ以前に「社会人」っていう無意味な言葉を使うのをもうやめにしませんか?

 

まとめ

  • 学生も社会人も集団生活を強いられる。全く同じ。
  • 金を生んでるから学生より社会人の方が偉い!ってのも的外れ。金を生まなくても、人は生きてるだけで社会人だ(だから学生も社会人だ)。
  • そもそも「社会人」という言葉が気持ち悪い。

 

そんなわけだから、皆さんもこれからは「社会人」という言葉を使わないようにしようね。

 

「学生と社会人は違う」というのはバカの妄言なのでほっときましょう。学生だって社会人だし、そもそも「社会人」なんてのは存在しません。