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ペンと羽根と、ペンライト

バドミントン歴10年のイエローが、バドミントンに関する様々な情報を中心に発信するブログです。コーチの依頼も受け付けています。

読書レビュー方針

ペン ペン-思索の果実

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読んだ本を紹介することもあるので、その時の方針を書いておきます。…なんだか方針ばっかりで本記事になかなか辿りつけないんですg(駄

 

端的に言えば「本を1回読んだだけでは書かない」ということです。

1回ではちゃんとわからないから

本に限らず、優れた作品を1度の鑑賞だけで味わうことは不可能です。なるほど概要や最も本質的な部分を1度目の鑑賞でつかむことはできるでしょう。しかし、細部に気づくのは、著者や作者の仕掛けた意図に気づくのは、2度目以降です。

 

優れた作品ほど読む度に発見があります。また、2度目以降の鑑賞では1度目で結論というか最終的な着地点がわかっているので、各パートには作品全体にとってどういう意味のあるものなのか、理解しながら味わうことができます。

 

J.S.ミルの『自由論』、アニメで言えば『魔法少女まどか☆マギカ』でも同じことがいえたりします。

 

1度目を鑑賞し終えた時「名作だった…!でも100%理解することができなかったなあ!」と感じるような作品こそが、価値のある作品です。1度ですべてが把握できてしまうような程度の低いものならそもそも最初から読まなくていい。金と時間の無駄。

 

優れた役者として名高い高垣彩陽さんは、名作を定義して「自分の経験値を測れる作品」だと言い切っています。1年前に見たときは何も感じなかったようなセリフで、とても心が動かされたりする。同じ作品が5年後10年後には全く違う見え方になっている。そんな作品が彼女にとっての名作なのだとか*1

 

 

話は少しそれるけど、この人のツイートはおもしろいのでフォローしとくといいんじゃないかな!

 

読破それ自体が目的化してしまうから

レビューを書くために読むと、どうしても「読み切ること」に意識が向いてしまう。で、読み終えるとなんとなく読んだ気になってしまうんです。

 

でも速読ごときで著者の言いたかったことをしっかり汲みとって紹介できるでしょうか?先ほどのツイートをお借りするならば「一度で何が見切れるものか」です。

 

本を買っただけでなんか目的の半分ぐらいを達成してしまった気分になることもあるかもしれません。そんなときはショーペンハウアーの警告を今一度噛みしめましょう(自戒)。僕が敬愛するこのおじいちゃん、本を買っただけで読んだ気になるな!本をサラッと読んだだけで著者の言いたかったことを理解できたと思うな!と。そう言ってるんです。

書物を買いもとめるのは結構なことである。ただしついでにそれを読む時間を、買いもとめることができればである。しかし多くの場合、我々は書物の購入と、その内容の獲得とを混同している。

ショウペンハウエル『読書について』137頁、斎藤忍随訳、岩波文庫、1960年。

 

ともかく、僕がしたいのは「レビューを書くために読む」の逆。読んでおもしろい!と思えたものをこそ、ここでは紹介します。

 

したがって、本数は多くないかもしれないけれど、どれも2度以上読んだものであり、かつ自信を持ってあなたにおすすめしたいものばかりを集めています。

 

なので、今はまだやってませんが、しばらくしたら堂々とアフィリエイトをやろうと思います。はい、露骨に広告をするってことですww だって心の底からオススメしたいものなんだもの!

 

ゆくゆくは古本屋さんとかやってみたいなあ。。

 

これは稿を改めるつもりですが、僕の紹介はあくまでも興味を持ってもらうためのものであって、中身の解説ではありません。出来る限りオリジナルに近いものに触れて欲しいのです。

 

自分で本を買って、自分の問題意識に基づいて読んでいってください。私が尊敬する偉人の1人である、J.S.ミルは以下のように述べています。

現代の書物を通じて古代の思想を知ることはできません。現代の書物から学びうることは、せいぜい古代の思想に関する現代人であるところの著者の解釈であります。現代の書物を通じては、ギリシャ・ローマ人は決して現れないのです。

J.S.ミル『大学教育について』39頁、竹内一誠訳、岩波文庫、2011年。

 

金のために書き、話題の新刊書に振り回される。そんなのはまっぴらごめんです。僕はアフィリエイト目当てで書かれたブログとは違ったの形をブログで提示していきたい!

 

 

*1:文化放送「高垣彩陽の明日も晴レルヤ」2015年4月8日放送分より。